80年続く連続ドラマを一緒に見ないか?

野球は人生そのもの。そういうシーンに出くわすと涙もろくなる年頃のプロ野球観戦記。タイトルは中日ファンの作家である奥田英朗さんの名言を一部お借りしています。

1999年7月30日 優夫さんの思い出

それは1999年7月、当時滞在していたカナダのトロントで、ブルージェイズの本拠地のスカイドームに通いつめていたときだった。
スカイドームは、外野席のチケットであっても試合前は内野席に入り、選手からサインをもらったりボールを拾ったりできる球場だった。 

その日はデトロイトタイガース戦で、直前まで故障者リスト入りしていた木田優夫がこの試合から復帰するという噂が流れていた。

試合開始前、タイガースの練習中に球場に到着。
ちょうど木田は外野でボール拾いをしていたので、近くに行った。
そうすると、先客のみるからに陽気なアメリカンという感じのカナディアン(以下「カ」)が声を掛けてきた。

カ:やあ、お嬢ちゃん、よく来たね。ここはボールがたくさん転がってくる穴場なんだよ。
私:いえいえ、私はあそこにいる日本人のピッチャーを見に来たのです。
カ:へええ、そんならサインをもらわなくっちゃ。

そう言うと「カ」は突然叫んだ。
Heeeey,Guuuuy!!!
このお嬢ちゃんは、あんたに会いに日本から来たんだってさ。サインでもしてやんなよーー!!!

いや、別に、木田がここにいるのはたまたまで、そのために日本から来たわけではないし。
それにGuyって声かけたって、木田は自分のことだと思わないだろう。
そして私は「This girl」という年でもない。 

それなのに木田は自分のことだと分かったらしく、こちらに歩いてきた。
そして私の手からペンを取り上げ、すらすらとサインを書いた。
木田があまりにいい人でしばし感動。

様子を見ていた子供たちが集まってきて、サインをねだる。
群がる子供たち一人一人にサインをする木田。
木田のサインはイニシャルの「KM」なのだが、それを見た子供がつぶやく。 
「ねえ、日本人ならさあ、漢字で書いてよ。」
木田は一瞬固まった後サインを再開。手元をのぞいてみたら「木田」と書いていた。
木田さんほんとにいい人で泣けてくる。

その後もその場で練習に戻った木田を見ていた。
打撃練習で転がってきたボールを拾う木田。
先ほどの即席サイン会の後、木田はボールを拾うとスタンドに投げ入れてくれるようになったので、子供達は大喜び。
たくさんの子供がグローブを持って集まり、木田がボールを拾うと歓声が上がった。

そして、練習終了の時間になり、最後の一球が木田のところに転がった。
子供たちは一斉にボールをくれと叫ぶ。
でも、木田はそのボールを投げずに自分のグラブに収めた。
がっかりする子供たち。

しかし木田はベンチに戻らずに、ボールを持ったままこちらに歩いてきた。
スタンドにいる大人も子供もきょとんとこちらに来る木田を見ていた。
木田は私の前で立ち止まり、手を出した。
「はい、これ。」
そして驚いている私の手にボールを載せたのだ。 
あまりに思いがけないことで、何が起きたのか分からず、しばし呆然としてしまった。

このときのボールと嬉しい気持ちは、いまだに宝物として大事に扱っている。

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