80年続く連続ドラマを一緒に見ないか?

野球は人生そのもの。そういうシーンに出くわすと涙もろくなる年頃のプロ野球観戦記。タイトルは中日ファンの作家である奥田英朗さんの名言を一部お借りしています。

2013年9月29日 篠原貴行、最後の投球

秋は野球界の別れの季節だ。

今年も既に宮本慎也前田智徳桧山進次郎等の大物選手が引退を表明し、各地の球場で惜別の声援を受けている。

しかしこうやって引退を事前に発表し、華々しく見送られつつユニフォームを脱ぐことのできる選手はほんのわずかしかいない。

 

 

横須賀にて行われた横浜DeNAvs日本ハムの二軍戦。

横浜DeNAの二軍にとっては今日のこの試合が本拠地最終戦だ。

試合はエラーや無駄な四球がなくスムーズに進んでいた。

 

8回表、日本ハムの攻撃。

横浜DeNAのベンチ前に選手が集まって円陣が組まれた。

通常、円陣の声掛けは自チームの攻撃の前に行われる。

しかも負けている時に行われるものだが、この時点で横浜は9-1と大量リード中だ。

あのタイミングがずれた円陣はなんだろう、とぼんやり眺めていると、円陣が2つに分かれ、それぞれがおもむろに整列をし、花道が作られた。

そしてその花道を一人の投手が駆け抜けた。

あれは、篠原だ!

 

篠原貴行、37歳。

1997年に福岡ダイエーホークスに入団し、2009年に戦力外となる。その後、横浜ベイスターズに拾われ、2011年に復活を遂げた左投げの投手だ。

1999年には「篠原が投げると負けない」とまで言われたが、勤続疲労から故障がちとなり長年苦しんでいた。

 

記録がかかった試合でもなければ大きな怪我からの復帰戦というわけでもない選手が花道で送りだされる、その理由は一つだ。

何も聞かされていないスタンドのファンに動揺が走る。

横浜のベンチでは選手全員が立ち上がって投球練習をする篠原の一投一投を見守っている。

ファンも涙をこらえ、精一杯温かい拍手を送る。

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8回の日本ハムの先頭バッターは、大嶋。

ソフトボール部出身のプロ野球選手と話題になった選手だ。

篠原の投球はかつては「何を投げるか分かっていても打てない」と評されたが、大嶋は軽く外野に運んだ。

この、まだ一軍でプレーしたことのない選手にあっさりヒットを打たれるというのが、今の篠原の姿だ。

篠原も苦笑いしているように見えた。

2009年に戦力外になった時は現役を続けることを希望した篠原も今回は悔いはないだろう。

ファンの間にも、あの頃の篠原は二度と戻ってこないという現実を受け入れる空気が流れた。

 

次のバッターを三振にしとめたところで、篠原の引退が正式にアナウンスされた。

全盛期には三万人を超える観客を熱狂させた篠原だが、最後のマウンドを見届けたのはたまたま居合わせた2446人の観客だけだった。

こうして彼の16年間のプロ生活は終わった。

 

それでも、例え二軍のグラウンドだったとしても、最後にグラウンドでファンに挨拶ができる選手は幸せだ。

辞めていく選手のほとんどはスポーツ新聞の片隅に戦力外選手として名前が載るだけでひっそりと消えていく。

 

明後日、10月1日、戦力外通告解禁日。

淋しい季節が始まる。

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